黄昏のアペリティフ Twilight aperitif

僕はとにかく、僕の視線がそのままスポットライトとなって照らしだす白昼の淡い描線の時折の顕現に夢中になって拍子を取るだけだ。愉快げにまばたきをし左右上下にと眼球を動かすだけだ。

 誰かが言っていたな。おのれがあるから世界は存在するってことさ。僕が認めなきゃ風景の隅々は虫食いされたタペストリーみたいにファインダーのなかから姿を消すってことなんだな。よし、では僕は認めてやろう。存在したがっているとおぼしき、それらのひとつひとつを。時間はあるさ。

幸いにして僕は突然の環境の変化に当惑して、割れそうに痛かった頭のことも忘れかけていた。症状が緩和されていたのだと言ってもいい。

僕はタペストリーの端からゆっくりと眺めにかかった。

お前がちょうど肩をいからせてキャンバスに筆を走らせているときみたいにさ、僕は細心の注意を払って水平線の煌きや帆船のマストやカモメなんかを認識していったんだ。泡立った波や波打ち際の岩や、そこに張りついたフジツボなど…。

それから僕が磨き込んだのとそっくりな小豆色の釣り竿なんかも、誰かの薄汚れたスニーカーの傍らに認めた。

竿の先端はしなって蛍光塗料のついたウキと一緒に微かに揺れていた。そこまで来たとき僕はちょっと疲れて目を閉じた。すると何かがせっついて、やおら瞼を開かせた。ウキが忙しく動いて強い力に沈みそうになっていた。僕が認めたのをいいことに事態は益々急迫し、さざ波に掛け合うようにウキが飛び上がったり呑まれたりして激しい躍動を見せた。

いっぱしの釣り人なら、その醍醐味が身体中の毛を逆立てるほど強烈だってことを知っている。僕は久々興奮し、急いで汚いスニーカーのやつが的確な対処をするよう望んだ。

するとその通り、誰かの器用そうな手が岩石のあいだにうまく止めていた竿の端を握って、リールを巻きはじめた。いいぞ! よし、いっちょあがりだ。

そいつが何を釣り上げたのか、器用な手であまりに素早くクーラーボックスに投げ入れたので僕には見えなかった。

まるで今釣り針を引き上げたばかりの一帯に間抜けな魚がごそっと群れなすのを知っているかのように、そいつは餌も付けず機械的に針を投げ入れた。程無くまた、糸がグイグイ引っ張られて何かが引っ掛かったことを知らせた。

何ていい穴場を知っているんだ、僕は多少羨ましげに見守りながら、その場所がどこなのか聞き出してやろうと漠然と思っていた。

だが実際のところ、僕が釣りを好きなのはそんな忙しい作業がなくたって飽きさせない、あの気だるい空白状態に意識を持っていける開放的な静穏によるのだ。こじつければ知的遊戯を煽る、とも言える静穏のなかで、人は真の五感の開放を味わい、取り巻く自然の総てと無意識の交流を図るのさ。

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