意外にもそいつはカラニジキジのオレンジや紫や緑といった羽毛のように派手派手しい光彩を放ちながら、さまざまな色の混ぜ合わさった溶液みたいにとても黒っぽいのさ。黒曜石が自然界の総ての色を弾いてまたたくのにも似た調子で、凝集された想いのかたまりが宇宙のような広がりから虹色の信号灯をひらめかせる、そんな光景を想像してもらいたい。個人の考えなんてのは他人から見る限り不気味の一語に尽きるが、自分のだってひとたび取り出してみたまえ、自らの細胞の片隅から生まれたとおぼしきものなのに大差ない奇妙さを持っている。
そもそも誰それのだ、て言ったって、自在に触ることも出来ない代物だ、当然だろう。
半ば灰色がかった煙の手は、飽きもせず繰り返し、混沌とした想いのかたまりをむしゃぶり食った。僕は僕の活力を奪って世の中の困難さだけを強調しようとする『囁く者』の実体をとうの昔に予想していて、どこかで多分うんざりしていたのさ。そいつが無抵抗なまま白い手に食べられていくのを小気味よいとすら感じた。短くなっていくたばこのフィルターを勢いよく吸いながら、ほくそえんだものさ。
ところがそうするうち、僕の頭は突然割れそうに痛くなった。
身勝手な想念を片付けることで軽やかな虚無に寛げるはずだったのに、どうやらそうはいかないらしかった。空っぽになった頭が内部均衡を失って、八つ当たりをしないことの美徳みたいな僕特有の良識の幾つかを、支えを失った標識板みたいにガシャガシャと衝突させはじめたんだ。勇気とか挑戦とかいうやつは久しく瀕死の状態だったが、ここへ来て一層頼り無く嘔吐や混乱なんてのに挑んでいたな。嫌悪や頽廃が幅をきかせたからって、詩的だなんて誤解しないでくれ。僕を維持していた片翼である良識的な想念、そのときまだ身内に残っていたものだが、そいつは純粋培養された偏屈なんかじゃない。

絵空事でしかなくなっていた快適とか安穏なんてのと一緒で、正負の諸要素によって計量された曲者で、必要悪なんて粋な宝までちゃっかり隠し持っていた。人はお前、何も倫理的に真っ当なものにだけ喜びを知るのじゃあるまい? おのれを恥じながら、失敗した人間に親しみを感じたり成功した人間に妬みを抱いたりするのは日常茶飯事。隠微な趣味や邪悪な快楽が大なり小なり闊歩しているのは映画の世界だけじゃない。つまり、判断基準としての悪のエキスがなくちゃ良識は良識であることを忘れてしまうってことなんだ。比べるものがなくては美は存在しないのさ。
