ところが僕はそれほど想いというものに徹底的にしてやられていながら、睡眠によって不遜な想念を断ち切るなどという抗戦法を思いつかなかった。自らの意志で求める眠りなんてのは、うまくいかないと相場が決まっている。まあ、そんなひねくれた考えを持つまでもなく、その手は僕にはひらめかなかった。ために、眠れないからといって焦ることも、眠りを得るために薬やその他の方策を練ることもなかったってわけさ。それで、来る日も来る日も張り詰めた想念だけがパワフルにふんぞりかえり、疲れ果てた脳細胞の新たなる消耗のため、申し訳程度の浅い眠りを豆粒みたいに投げて寄越したのさ。そんなだから当然、僕は原因も分からずちょっとした苛々を募らせていった。
長い歳月、僕の頭はただ闇雲に迫り来る想いの渦に覚醒され、まどろみ程度の休息のときにも掴み所のない暗鬱に鞭打たれていた。季節を大して感じないある夜、たばこの煙は最も親しんだ芸術の形態を作り優美に立ちのぼっていた。お前は僕の目がいつだって、あのトレードマークの黒縁の眼鏡に覆われていたと思うだろうが、思考を糧にした人間には目に映る世界なんて希薄な背景でしかない。従ってご想像のとおり、僕はそう常々、あの見識家のようなイメージを醸す小道具の世話にはなっていなかったってことだよ。燐光を宿した僕の黒目は生き生きと虚空に開かれ、習性ってやつが熱心に作りだす異次元的な儚い芸術品を追っていた。ある瞬間、そうちょうどフィルターを口にあてて何層目かの幾何模様を引き延ばされた白絹の下方に送りだそうとしたときだった。ゆっくりと蒸気が噴出するように、丸みを帯びた煙の層が崩れ、核心から淡い光の煌きがチカチカと震えだしたのさ。素敵な経験ってやつをこう簡単に人に教えてやるのは癪に触る話だが、僕によく似た資質のお前だから良しとしよう。
そいつが何だったかいまだに分からない。

煙のなかから八つ手みたいな形の白いものが伸びてきて、僕の頭髪から沸き上がる苦悩のかたまりを掬い取り、ふわりとした調子で握り締めた。想念の一部はその手に食べられてしまったんだ。その手は手品師の白手袋みたいに気取って開かれたかと思うと、別の想いをひねり潰した。お前が持ち前のロマンティシズムで僕の記憶にある分厚い巨大な手を、優しい容貌の妖女にしたって構わないさ。白い帷子をまとった女が華奢なかいなを大きく広げ、滑らかな仕種で邪心を拭い去ってしまった。そういった塩梅でもね。
いずれにしたって愛煙家の僕は煙の化身なるものに、そのとき想像を絶する慰めを授かっていたのさ。所有者さえ翻弄させる病んだ想念の忌まわしさを、そいつはありがたげにくすねて、いともおいしげに平らげていく。
想念てのが何色をしているか教えてやろう。
