夜の街を逍遙していたからといって、彼が健康な男の求めるものを単純に探していたとは思い及ばない。今にして考えても同様である。だがある面で、彼が実際のところ浮ついた風俗を楽しめるくらいだったなら、もっと幸福だったのではないかと思う。
目に見える文字として綴ったかどうかは別だが、彼は結局のところ自分でも気付かない詩人だった。世の中の一切が人一倍大きく響いて迫るため、途轍もなく翻弄されるしかなかった。思春期の少年時代、悩み多き新社会人のころ、その都度欲しかった適切な助言が彼には望めなかった。孤独のなかで暗中模索し、巨大な深淵にまともに立ちはだかって誤算や反撃に傷つき混沌としていった。
いかなる思考過程であろうと、紙面に描いて救いを見いだすのは至難の技だ。ましてや殊の外寡黙となると、直に口に乗せるのも想像を絶する苦闘となる。ためか、常日頃から自己の内面を語ることをしない性分だった。それも多分、相手によりけりだったのかもしれないが、その恰好の相手に出会う幸運は彼には来なかったのだ。
航海士になった親友が南方から持ち帰った木彫りの人形を、どれほど傷ついた想いで見つめたことだろう。亡父の仕事だった航海士という職業に一度は憧れた彼は、親友と同じ境遇に至っていないことの敗北感を人知れず味わっていたに違いない。
友好的な態度以外殆ど感情表現を持たない彼は、自己の靄に縛られながらも訪れた友人を穏やかに迎え、何一つ辛苦に満ちた心の動きを表出しなかった。
日焼けして逞しくなっていく友人はこまめに会いに来た。そんな折りにも彼は気遣わしげな言葉に静かに耳を傾けるのみで、愚痴ることの小さな喜びを押しつけなかった。
夏に彼は寒がり、冬に寒々しい座敷で伸びやかにたばこをくゆらせ、春や秋にあてどなく散策した。紺のブレザーとジーパンで外出し、慣れ親しんだ森林の遊歩道や近隣の公園に佇み、自然の音に耳を傾けた。
草いきれも粉雪も彼の感覚に直接的な影響を及ぼさなくなって、益々彼が不可視の幽居に立てこもり世間離れしていくことを促進した。

生々しい世俗の垢にまみれる機会を放棄して、より純潔なまま精神世界に閉じこもった彼を不幸だと言い切ってしまうことが出来ない。しかし生身の人間としてさまざまな曲面を乗り越えつつ喜怒哀楽の総てを享受するのが人の世の道ならば、少しはあるだろう爽快なひとときさえ知らずに過ごすことになった彼をどう捉えたものか悩む。
多くの人たちの見方でなら、喜ばしい波乗りの機会を逸した彼だが、あくまでもそれは一面的な見方に過ぎない。
従来から沈思黙考や静かな笑みが似つかわしかった彼は、今こそ有徳の人となって新たな豊かさを示しているのだとわたしは思う。文字にしない詩を語りながら清爽な協奏曲を奏でているのだと。
証拠に、けたたましい笑い声や歌声を嫌い、クラシックでも派手すぎない音調の曲だけを愛するようになった。
