寡黙な男で、テレビとなると人間や動物の登場する記録もの、紀行や報道、科学番組を好んだ。映画は西部劇から冒険もの近未来や古代史的なものなど、一通り若い男の趣味の類を堅持していたが、グロテスクなシーンや悲鳴の多発するホラー映画にはどこか軽蔑した斜視を投げていた。サイモンとガーファンクルを愛し、吉田拓郎に聞き入った。
スポーツといえば釣りを好み、時折などは大がかりではない道具で捕ってきた小魚や鰻などを、母やわたしの見守る前で器用にさばいてくれたりしたものだ。
幼少期から眼鏡をかけていて、笑顔でうつった写真を見ると顔の半分がレンズに覆われている。どちらかというと痩せぎすだった彼はそれでも至って健康で、友の呼びかけに絶えず敏捷に応じていた。
シロツメグサの草原にバッタを捕まえ、ため池に蛙を追い立て、道路工事で出来た立入禁止の大きな川にイカダを操り上手に航海していた。求められれば人前で歌を披露し、絵画の才能を発揮し、魚のように泳いでみせたりした。またちょっとした料理も得意だった。
余所の娘たちの意識が妹の耳にも届く春のころ、前途に燃える青年は初めての冒険をすべく世間に出た。家から何百キロと離れた歴史的な城下町に住み、染色の道に入ったのだ。それから一年もせず彼はUターンしてきて、徐々にだが散文的な意味不明の言葉を発するようになった。孝行息子は母を案じ「守ってあげるから、心配いらないよ」と連発しながら、次第に自己のなかの強迫的な力に牛耳られていったのだ。

瞑想を糧にした哲人のように食べ物を受け付けなくなり、穏やかに痩せ細っていった。清潔な短髪は中世の画家さながら肩のずっと下まで伸びて、艶やかにウエーブを描いた。
ある真夜中、彼は、豹柄のシャツとジーパンをはいた赤毛の女の側に立ち尽くして、くすぶる段ボール箱を眺めていたためパトロール中の巡査に見とがめられ派出所に連行された。
駆けつけたわたしが見たとき、若い女は常連らしい態度で小さな建物の入口に両手をかけ、どこか甘ったるい仕種で巡査に解放を求めていたが、もう少し待て、とたしなめられているところであった。
色白の遊び人ふうの姿が悪戯な妖精のように焼きついている。
