モンシロチョウが飛び交う際の相応しい爽風を僕は忘れてしまった。猛る炎帝の季節でさえ、日焼けした肌に伝う汗に混じって、真冬の悪寒が全身を貫く。
肉体的疾患は僕を寝ぐらにしない。僕は今も小麦色の体を自由に働かせることが出来るし、髭を蓄えたり剃ったりという他愛ない楽しみを繰り返しながら、庭木の手入れに専念することが出来る。
活字の羅列に気まぐれのように妄執し、思考を無理やり奪い取って奔走させるあの歌詞の類の入らない、伸びやかな音楽を愛し、訪ねてきた人間に心からの寛容さで相づちを提供することも出来る。
しかし僕は多くの時間を、飽きることのない高い天窓の部屋で過ごす。
巷では、憂いや渇望は単調さにこそ活力を得て成長するものだが、ここでは理想的な干渉が側近い天空から注ぐため、思考は絶えず宇宙の広がりに吸い取られていく。
いずかたともなく来たりし流れるものを掬い取り、飲み干し、清涼な息吹を吐きだし、じっと空色の彼方を見つめれば、僕をくぐり抜けた湧き水が気泡のなかに邪心を孕んで消え入るのが見える。
巷に躍り出ていって喧騒に身を委ね、ありきたりの日常性に没する役目は、はなからこの身には与えられていなかったのだ。
世界が隈なくその真相を開示してみせようとするとき、魅惑的な仕種で一枚一枚衣が剥がされるとき、果てしないしじまの儀式に大仰なファンファーレや喝采が鳴り渡る、あの形式が馴染めなかった。
僕は激しくそれを嫌悪した。 押し寄せる饒舌は洪水であり、上げ下げされたり開閉されたり移動させられる事物の音は、 殆どの場合怒濤のようなけたたましさを帯びて聴覚を乱した。
自分のものも含めた生々しい人の営みの諸々が、とりとめのない不快を覚まして微かな理知を台無しにした。卑小な僕はあれ以上どんな抵抗を成せたろう? 戦法にうとい僕は、すぐにも手段を失い、結果的には僕自身によって打ち砕かれた形で、社会をあとにすることになった。

やっていることの無意味さを熟知させられることの恥辱は、これ以上はないほどの極刑に値する。衣はベリベリと音をたて、それぞれの片隅から怪しい触手で手招きし、いつまでたっても人類の及ばない面妖さで、未発見の爬虫類の脱け殻を放置したのだ。何故か、この目にだけ殊更強烈に。
