完璧主義者であったつもりはないが些細なタイミングを外したのは確かで、数年間の戸惑いに陥ったのがそのときまでの僕だったのさ。
非常に危険な深淵まで達して、僕は呼び止められた。それこそ長い苦闘の末ようやく訪れたひとつのハッピーエンドだった。
その夜二度目の解放感が訪れ、今度こそ確かな感触で僕の全世界を覆った。タペストリーは消え、家屋の天井に立ちのぼった煙のなかにも八つ手の形はなくなっていた。歴然たる瀕死の枕元に慰撫を放つ女神が舞い降り、眠りにいざなうべく僕の頭を撫ではじめた…。
安心しなさい、お前。
記憶喪失も感覚的真の欠落も、この際僕には関係ない。
病と回復が相反してあるように、想念の喪失にもやがて獲得が行われた。或いは再生とも呼べるだろう。僕はそれをタペストリーの世界に試みたように、心底あやまたない望みとして自らに指示したわけではない。
清流を司る源泉が地底の不可思議な力によって湧出することと同じく、それは知らず知らずのうちに奥深い場所から蘇った。
休養とも呼べる神経的麻痺ののち、一風変わった手品を知って世間に帰還したとも言えよう。
相前後して僕は科学的処置を受け入れ薬と睡眠とを常用し、文字通り食欲を回復していった。あの夜の女神がずっと気遣い、好意的な嘆息の合間から復活の花びらを一枚ずつ投げて寄越していたのを、ひたすらな受容や戸惑いのシーツのうえで僕は感じていた。
歩きはじめたばかりの幼児が世界を感得していくときのような曖昧模糊としたふらつきもないまま、僕は黎明の光の差す薄もやの丘を彷徨った。いつとは知れずこの内奥に座を占めていた力が、ある朝の目覚めのときより乱舞しはじめ、実感として僕を震わせていたのだ。素直な心が清々しい陽光を迎えたとき、早朝の散策で偶然すれ違った高潔な女に対するように、僕はうやうやしく輪光に一揖した。

確かに、傷つきながら迷夢の闇をくぐり抜けた者にしか訪れることのない、極めて内的な感動がそこにあった。
この胸に風が吹くとき、そこにはいつも物悲しい色彩が暮れ方の肌寒さを匂わせ伴走している。
