おまけにコウモリみたいに広がった翼手は、瓢箪型になったり円盤型になったり、太ったり痩せたりして、機能性のある動きをしていた。モクモクと沸きながら何気ない顔をして迫ってくるあたりは、油断ならないくすね屋のようだ。
周囲が白っぽくなったせいで雲の対流は黒い悪魔の乱舞となり、世界を埋め尽くさんばかりの脅威を放った。
突如として釣り人が気になり、僕は目を転じた。
ウキは蛍光塗料の性質でやや鮮明になり、ぶるるっと震え波に呑まれ、すぐに引き上げられたかと思うと例の手によってさばかれ、またしても海面にピチャリと浮いた。盛んに釣り上げられるものが何なのか皆目分からないが、環境の変化にも関わらず少しも劣らないリズムで捕獲されるなど、それを中断しようとしない実行者の無頓着ぶりと相まってなかなかのものだった。
僕はまたしてもそれに夢中で見入ってしまい、たいへんな事態が差し迫っていることにすら気付かずにいた。
ひょいと意識した途端、横合いから黒いブヨブヨの手が伸びてきていたことを知ったのだ。クーラーボックスの閉じた蓋の隙間に、何にでも変化する特徴を持った翼手が、今はサバイバルナイフのような形で食い込み蓋をこじ開けようとしていた。

釣り人が獲物を引き上げ投げ込む、お決まりの動きのなかで蓋が開いたとき、ナイフは驚いて僅かに退いたが、蓋が閉じられるとまた同じ挑戦をはじめた。だがまた獲物がうえから降ってくるような瞬間、ナイフは退き、改めてフェアプレイに徹して一から目標に挑みかかった。
困難であるほうが楽しいといった様子、或いはこっそりやり遂げることこそ天命だといった様子で、ナイフは忍びやかにボックスのなかを漁ろうとしていた。殆ど無意味なこだわり、強いて言うなら、『囁く者』の癖をそのままそっくり継承しているような鼻持ちならない手口に僕はぞっとした。
僕はもうどうしようもないほど黒い雲に翻弄されて、先程、太陽光の下に認めた船影や湾岸のさまざまな記憶まで、片っ端から見失う不幸な状態に陥った。リールを巻いて獲物を押さえてポンとしまいこむ、その手がいつまでも無防備であることにも腹が立ってきた。
注意力のない人間を僕は嫌いだ。自分だけは特別手厚い保護のもとで世界に守られているなんて勘違いをした、言わば全く疑ってかからない自惚れの強い人間を僕は好かない。かといっても、自己の人生に誠実な意味で自尊心の強い人間は好ましい。周囲を的確に判断して足元のいばらを断ち切っていく、目的地を目指す自己の歩みを真摯に促進しようとする態度は好ましい。
僕が目にするやつは、些か脳天気な部類に入るお人好しらしかった。気象の変化も置かれた状況も何一つ気にならない安穏主義者なのだ。辺りが夜ほどに暗くなってもやるべき仕事を止められない それも自分の好む仕事をだが…、恐るべき集中力の持ち主だと言ってもいい。
