キングズレー・エイミスなら何を勧めるだろう、赤い滴るようなクラブ・ステーキ、舌のとろけそうなきのこソース、温野菜のサラダと白粉をふいたマフィンのお手軽な晩餐に、ちょっと気の利いたワインを添えるとなると…。
デザートは薄塩のクラッカーにカマンベール・チーズとアルコール入りの紅茶。
ちょうど琥珀色の光が差すころ、柔らかい風を受けて金木犀が揺れる。馴染みはじめた街のC級のアパートの窓越しに人さまの家の庭を覗けば…。
ブルゴーニュ産ニュイ・サン・ジョルジュ、ボルドー産コート・ド・ブール、クラレット。ドイツ、モーゼルのベルンカステラー、スペインのシェリー…。
おお、ポルトガル産、マテウス・ロゼ。あの懐かしい若い頃の味。
でもわたしは実際に飲んだのだろうか。額の汗が紅潮したすべすべの頬にきらきらと伝う、そんなころの兄が旅先から初めて買ってきたバラ色のワイン。
およそ酒類とは縁のない堅物の彼が優しい色を揺らす円いボトルを、自らの意思で、フラワホールに挿した花のように誇らしげに胸に抱き持ち帰ったのだ。夢多きシャイな青年の小さな自己表現の材料として、何と似つかわしい持ち物だったろう、それは。

そのとき彼は人生を雄々しく切り開いていく頼もしい若者として、輝き満ちて家族の前に姿を現した。母も姉たちもそれぞれが鮮やかな成長ぶりに感動したものだ。
わたしの場合、初めて飲んだワインがいずれにしてもロゼだったのだから、それはきっとあのローズ・ワインだったに違いない。記憶のなかで後々の場面と無理やり合体しているふうでもあるが。
でも兄とわたしはふたつしか違わないのだから例えこちらが未成年だったとしても、味見くらいは許してくれた筈だ。寛容さと穏やかさが彼の形容詞だもの。
人好きのする笑顔で照れながら、同じく照れ屋の妹に小さなグラスを出してそっと勧めてくれたのではないかとさえ想像できる。
萌える緑の匂いが湿気を含んだ大気に淀んで巡る。甘やかな金木犀の芳香がもっと威力的な爽快さを投げて鼻孔をくすぐる。
木造の古びた家屋で育ったわたしは外国映画に出てくる白壁の佇まいの明るさに、とてもとても憧れてきた。夢が叶うなんて、昨今頻繁に耳にする言葉だし好んで自己激励の掛け声にもしているくらいだが、極ささやかな日常の結果から認めていくなら、それほど真実の言葉はない。何しろわたしは今、些か狭苦しいとはいえ大都会の片隅で、白壁のメゾンに居を構えているのだから。
中身が理想と遠いのは一人暮らしのわたしが自己を律する術に疎くて、実のところ貧しさに縛られているせいだ。清貧に徹している、とでも思って頂きたい。
『夢が叶う』このキーワードは巷に溢れたその手の本のテーマよろしく、間違いのない力強さで落ち込んだわたしを救う座右の銘となった。

窓はインド風館のように洒落た尖型アーチをしているわけではないが、斜陽はどの王侯貴族やホームレスが浴びたのと変わらない一級の物憂さを持って訪れる。自然に関する限り、総ては気高く依怙贔屓がないということだ。だのに彼は 三人の姉とひとりの妹のあいだで 、たったひとりの男児として期待されて育ったあの青年は、いったいどのような不運に見舞われ俗世と切り離された観念世界に住まう破目に陥ったのか。知るのは森羅万象、彼を取り巻いた当時の星回りだけということになる。
