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「ねえ、瑠衣子さん。あそこまで行ってみましょうよ、いいでしょ。ワインは残しといてくださいよ」
「駄目よ、俊一。寒くなるわ、いまのうちに帰るのよ。それに東京へ戻らなくちゃ」
「東京へ……。まさか今夜これから?」
瑠衣子は思い切り腕を伸ばして髪を掻きあげた。
「昼にきたばかりですよ。会社の事件のほとぼりが冷めるまで居るはずでしょう?」
「お父様がしつこく言うからついてきたの。どうせすぐに戻るわよって言ってあるわ」
「伯父様は瑠衣子さんがマスコミにさらされるのを心配しています」
「悪いことをしていないのにどうして隠れなきゃいけないの。わたしだけじゃなくあなただってお父様だって」
「そういう意味じゃなくて、瑠衣子さんが注目されやすいのを伯父様は案じていらっしゃるんです。僕もですよ。捕まった奴らふたりと社長令嬢が取引先のパーティーで同席していたなんて、今朝のワイドショーでも意味ありげに言っていたでしょ。十日くらい前に写真が出てからは各局で使い回しして。いったい誰があれを出したんでしょうね。瑠衣子さんの顔は特定されないように配慮されていましたけど、知っている人が見たらあの写真が誰だかすぐに分かっちゃいますよ。グラスを持つきれいな手も映っていましたしね」
事件は南米の支社で現地採用した男ふたりが戦略的可能性のあるプログラム機器を高額で第三国に持ち去ろうとしたというもので、社内監査役を務める現地の女がふたりの男の動きに疑念を持った同僚の女からの内部告発を受けて秘密裏に調査し、正当な動きをして未然に防いだというものだった。比較的小さな事件だが、内部告発者と監査役の、ふたりの倫理観と活躍が美談として報じられると同時に、まったく別の場所にいた創業家の令嬢が犯人の男たちと親しげに写真を撮っていたことから、三人の女たちというくくりで、立場や役割のちがいなどがフェイクニュースも入り混じって話題性豊かに週刊誌やネット記事、また後追いでテレビのワイドショーに取り上げられたというものだった。
事件そのものが世間に知られたのは二週間前のことだが、以来苦情やマスコミ対応がつづき、社内は騒然となった。ようやくトーンダウンしてきたかに映るこの時期に、秋沢祐三は休養を取りたいと望み、二日間ほど別荘に引きこもることにした。俊一の一家も賛同してきたのだ。

